📖 この記事はシリーズの第7話です。 → 第1話・第2話・第3話・第4話・第5話・第6話を読む
退院した翌日から、彼は仕事に戻っていました。
心筋梗塞を起こし、宮崎の海から搬送されて、ステントを留置して、ICUを出て、一般病棟を経て退院した——その翌日から、です。
止まっていた仕事が、山積みで待っていた。税理士への連絡、従業員のこと、進みかけていた案件の引き継ぎ。「入院中に迷惑をかけた分を取り戻さないといけない」——それが、彼という人でした。病気になる前も、なった後も、変わらなかった。
でも、体だけは正直でした。立ち上がるたびに、世界がぐるっと回る。それだけが、彼の「しんどさ」のサインでした。
これは、心筋梗塞から退院後——あまり語られない、でも一番長い「回復期」という時間のことです。
退院した翌日から、仕事に戻っていた
心筋梗塞になる前の彼は、「サーフィンができないなら生きていけない」と言うような人でした。でも退院後の彼は——サーフィンのことを考える余裕すら、なさそうでした。
職場に寝袋を持ち込んで、そこで寝泊まりしながら働く。土日も休まない。フローリングの床に直接敷いた寝袋で、毎晩眠る。
見ているだけで、心配でした。
「何か手伝えることはない?」と何度も聞きました。でも、仕事だけは絶対に手伝わせてくれなかった。それが彼のプライドなのか、迷惑をかけたくないのか——理由は分からないまま、私にできることは何もなかった。
日に日に痩せていく彼の顔を見るたびに、胸が痛かった。心筋梗塞を起こした体で、こんなに無理をして——でも、止めることはできなかった。私にできることは、せめて健康的な食事を届けることだけでした。
めまいと、毎朝晩の血圧測定
退院後の彼を毎日悩ませていたのが、「めまい」でした。
立ち上がった瞬間に、ふっと視界が揺れる。仕事の合間に、床に座り込む。それが毎日続いていました。
🌼 心筋梗塞後に処方されるβ遮断薬や降圧薬には、血圧を下げる効果があります。薬が効きすぎると、立ち上がった瞬間に一時的に血圧が下がり、ふらつく「起立性低血圧」という状態になることがあるとされています。
国循の先生から、こんな指示がありました。
📖 「毎朝晩、血圧を測ってください。立ちくらみに薬が関与しているのか、薬を減らす必要があるのかを確かめながら調整していきます。車の運転も、その確認をしてから。」
薬は体を守るためのものです。でも同時に、新しい不快症状を生むこともある。そのバランスを、データを見ながら少しずつ調整していく——それが退院後の通院の、大切な役割のひとつです。
めまいが毎日続く中で仕事をする。それは、想像以上にしんどいことだったと思います。彼はそれを、誰にも言いませんでしたが。
毎週、食事を届けた
私は訪問看護師です。オンコール(緊急対応当番)がある日は動けないけれど、それ以外の日は、彼の職場まで食事を届けに行きました。
自分で作ったものを持っていくこともあれば、栄養バランスを考えて選んだお弁当のこともありました。塩分、コレステロール、野菜の量——先生に言われたことを頭に置きながら、「今日は何を持っていこうか」と考える時間が、私の日課になっていました。
🌸 心筋梗塞後の食事管理は、継続することが一番難しいと、看護師として実感しています。「完全禁止」より「工夫しながら続ける」という先生の言葉を思い出しながら——完璧でなくていい、続けられることを、と考えていました。
「これ、自分で作ったの?」と、少し驚いた顔で受け取ってくれる。その顔が見たくて、また作りました。
寝袋を、並べた
土曜日と日曜日は、彼の職場に泊まりました。
最初は、職場の近くでマンションを探しました。せめて近くに住めれば、と思って。でも、どこを探してもいい物件が見つからなかった。条件が合わない、遠すぎる——結局、どうしても見つからなくて。
それなら、一緒にいる方がいい。そう思って、寝袋を持っていくことにしました。
フローリングの床に、寝袋を並べました。冬の夜は冷えましたが、それでよかった。
心筋梗塞を起こした人が、毎日一人で会社に寝泊まりして働き続けている。めまいがありながら、誰にも弱音を吐かずに。
そんな彼に、せめて週に一度くらいは——「ほっとしながら眠れる夜」を作ってあげたかった。
特別なことは、何もしていません。ただ、そこにいた。それだけのことです。
でも、「そこにいる」ということが、どれだけ人の力になるか——訪問看護師として現場で何度も見てきたことを、あの冬に改めて感じました。患者さんのそばに誰かいるだけで、顔色が変わる。呼吸が落ち着く。それは、数字では測れないものです。
「ありがとう、ありがとう」と、いつも言ってくれました。
回復期は、見えにくい
心筋梗塞というと、「倒れた瞬間」や「救急搬送」の話が注目されます。でも実際には、退院後の「回復期」の方がずっと長く、そしてずっと静かです。
- 症状はないのに、薬は飲み続けなければいけない
- 元気に見えるのに、無理をしてはいけない
- 仕事に戻りたいのに、万全ではない体を抱えている
その「見えにくいしんどさ」を、周りはなかなか気づきません。本人も「もう大丈夫」と思いたくて、弱音を飲み込みがちです。
だからこそ、そばにいる人の存在が大切だと、私は思っています。
🌼 食事を届けること。寝袋で隣に寝ること。「最近どう?」と聞くこと。完璧なサポートじゃなくていい。ただ、「忘れていないよ」と伝えること——それだけでいい。
訪問看護の現場でも、「一人じゃない」という感覚が回復の支えになることを、何度も目にしてきました。病気は本人が治すものだけれど、その隣に誰かがいるかどうかは、きっと関係している。
4月20日へ
3月の受診で、次の検査が4月20日に決まりました。
右冠動脈の50〜75%の狭窄が、この3か月でどう変化したか。薬の効果が出ているか。今後ステントを追加するかどうかの判断材料を集めていく、大切な検査です。
🔴 「1年以内に15〜20%の確率で悪化する可能性がある」——先生のその言葉を、私はずっと頭の片隅に置いていました。でも同時に、「定期的に体を動かしながら生活することで、症状が出れば早く気づける」という言葉も、一緒に持ち歩いていました。
彼は今日も、仕事をしています。めまいと戦いながら、それでも前を向きながら。
心筋梗塞から4か月近く経った今、彼の体はゆっくりと、確実に、日常に戻ろうとしています。
4月20日の検査結果は、また次の話でお伝えします。
【参考・情報源】
・国立循環器病研究センター https://www.ncvc.go.jp/
・日本循環器学会「急性冠症候群ガイドライン」 https://www.j-circ.or.jp/
・日本心臓リハビリテーション学会 https://www.jacr.jp/
※ 記事内の医療情報は、実際の診療内容をもとにしています。個人差がありますので、同じ状況でも対応が異なる場合があります。
※ 各サイトの情報は更新されることがあります。最新情報は各機関のウェブサイトをご確認ください。
【免責事項】
※ この記事は、個人の体験および実際の診療内容をもとにした記録です。特定の診断・治療の指示を行うものではありません。
※ 記事内の数値・検査結果・医師の言葉はすべて個人のケースに基づくものであり、同じ状況でも対応や結果が異なる場合があります。
※ 心臓の病気に関する判断については、必ず担当の医師にご相談ください。
※ この記事の執筆者は看護師国家資格保有者(看護師歴20年以上/外科・内科・集中治療・訪問看護)であり、ファイナンシャルプランナー資格を保有。また、元ライフセーバーとしての救護経験も有しています。医療・生活・海の安全にわたる幅広い知識をもとに執筆していますが、本記事は医師の監修を受けたものではありません。医療的な判断については、必ず担当の医師・医療機関にご相談ください。
※ 記事内の情報は執筆時点のものです。医療情報は更新されることがありますので、最新の情報は各公的機関・医療機関のウェブサイトをご確認ください。

