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「サーフィンができないなら、もう生きていけない」
彼は入院中に、そう言いました。冗談ではなく、本気で。
プロサーファーとして長年海と向き合ってきた人にとって、「サーフィンを禁止する」という言葉は、命を奪われることと同義なのかもしれません。
その言葉を聞いたとき、私は「やめてほしい」とは言えないと感じました。サーフィンは彼の人生そのものです。それを奪うことは、別の意味で彼の心を壊してしまう。
以前のように何時間も波に向かい続けるのではなく、どうすれば無理なく楽しめるかを考える。そのために、この記事を書きます。
彼が入院中に言ったこと
ICUを出て一般病棟に移ってから、少しずつ彼との会話が増えていきました。体は安静にしていても、頭の中はいつも海のことを考えている様子でした。
「サーフィンはいつできる?」「春になったら海に入れる?」
その問いに答えるたびに、私はできるだけ正直に、そしてできるだけ希望が持てるように言葉を選びました。「今すぐは難しい。でも、ちゃんとした順序を踏めば、また海に戻れる可能性がある。」
「サーフィンやスケボーは、怪我だけしなければ続けてもらって大丈夫です。春先(3〜4月ごろ)から少しずつ戻っていきましょう。ただ、寒い時期は血圧が上がるので控えめに。」
主治医より
その言葉を伝えたとき、彼の顔がほっとしたのを今でも覚えています。「やめろ」ではなく、「こうすれば戻れる」という言葉は、患者さんの心を大きく動かします。看護師として長年現場にいて、そのことを改めて実感しました。
サーフィンは、心臓にとって「負荷の高い」スポーツ
サーフィンは全身を使うダイナミックなスポーツです。医学的に見ると、想像以上に心臓に複数の負担が重なっているとされています。
🏄 パドリング
腕を繰り返し動かし続ける有酸素運動です。長時間続けると心拍数・血圧がじわじわと上がる傾向があるとされており、心臓への持続的な負担になる可能性があります。
🏄 テイクオフ
一瞬で全力を使う「瞬発的な動き」です。この瞬間、血圧が急激に上がる可能性があります。心筋梗塞後はこの「急激な血圧上昇」が最も注意が必要なポイントの一つとされています。
🌊 冷水・寒冷刺激
冷たい水に入ると、体は血管を収縮させて体温を守ろうとします。これにより血圧が急上昇したり、心臓の血管がけいれんを起こしたりする可能性があるとされています(冠攣縮)。特に冬の海での入水は、心筋梗塞後の方には慎重な判断が必要です。
⚠️ 転倒・怪我のリスク
ステント留置後は抗血小板薬を服用しているため、出血すると通常より止まりにくい状態になる可能性があります。岩場での転倒やボードによる打撲なども、注意が必要なリスクとして挙げられます。
これらをふまえると——サーフィンは「心臓が十分に回復してから、段階を経て戻るべきスポーツ」と考えられます。
心筋梗塞後の復帰——段階的な目安
サーフィン専用の公式ガイドラインは現時点では存在しませんが、日本循環器学会やESC(欧州心臓病学会)のスポーツ心臓学に関するガイドラインの考え方をもとに、一般的な目安を整理します。
⚠️ あくまでも「一般的な考え方の目安」であり、実際の復帰時期や方法は、必ず主治医が個別に判断します。
【第1段階】発症〜退院まで
心臓が最も不安定な時期です。血栓や不整脈のリスクが高く、ウェットスーツを着ることも、パドルの動作も、この時期はすべて控える必要があります。
【第2段階】退院後〜1か月ごろ
平地歩行など、軽い日常生活の動作から始めます。海には入らず、胸痛・息切れ・動悸がないことを確認しながら、少しずつ活動量を増やしていく時期とされています。
【第3段階】1〜3か月ごろ
心臓の機能が少しずつ安定してくる時期です。この頃に「心肺運動負荷試験(CPX)」を受けることで、体がどこまで回復しているかを数値で確認できます。サーフィンはまだ控えながら、陸上での体幹・筋力トレーニングを準備期間として活用することができます。
【第4段階】3〜6か月ごろ
心機能の評価・運動負荷試験で問題がなければ、医師の許可のもとで限定的な復帰を検討できる時期とされています。
- 水温が低くない季節・小波・短時間・フルスーツ着用
- 単独行動は避ける
- 冬の海・岩場は引き続き慎重に
【第5段階】6か月以降
再発がなく、心機能が良好で、運動負荷試験をクリアしていれば、医師の許可のもとで段階的な本格復帰を目指せるとされています。ただし「完全自由」ではなく、定期的な循環器フォローを続けながらの復帰です。
大切なのは「期間が過ぎれば大丈夫」ではなく、「心機能・運動耐容能・リスク評価の結果で判断する」ということです。
「無理せず、ゆっくり戻ろう」——彼とサーフィンの、これからの付き合い方
私は彼に、「サーフィンをやめて」と言ったことは一度もありません。
ただ、「寒い冬の海はしばらく避けよう。暖かい時期に、趣味としてゆっくり楽しもう」と伝えました。それが私たちの間で決めたことです。
プロとして長年海に向き合ってきた彼にとって、サーフィンは仕事であり、生きがいであり、アイデンティティそのものです。それを奪うことは、別の意味で彼の心を傷つけてしまう。だから、「どう続けるか」を一緒に考えることが大切だと思っていました。
医師からも「春先(3〜4月ごろ)から少しずつ戻っていきましょう。寒い時期は血圧が上がるので控えめに」という言葉をいただきました。その言葉が、彼の顔をほっとさせました。
心筋梗塞後のスポーツ復帰は、「禁止するか・許可するか」という二択ではなく、「どうすれば安全に戻れるか」を医師・本人・家族が一緒に考えることが大切だと思っています。「一緒に方法を考えよう」という姿勢が、回復への意欲を守ることにつながる可能性があります。
国立循環器病研究センター(国循)での専門的フォロー
彼の退院後は、国立循環器病研究センター(国循)への通院が決まりました。
一般のクリニックでも経過観察は可能ですが、「プロサーファーとしての競技復帰を目指す」という目標がある場合、専門施設でのフォローは非常に心強いものがあります。
競技スポーツへの復帰には、「一般患者としての管理」だけでなく、「アスリートとしてのリスク評価」が必要になる場面があるからです。
心肺運動負荷試験(CPX)では、体の最大酸素摂取量(VO₂peak)を測定し、「どの程度の運動強度まで心臓が対応できるか」を数値で確認することができます。そのうえで、段階的な復帰プランを専門医と一緒に立てることができます。
心筋梗塞後の通院では、主治医に以下のことを確認してみることをお勧めします。
- 現在の心機能(LVEF)はどのくらいか
- 心肺運動負荷試験(CPX)はいつ受けられるか
- スポーツ復帰の段階的なプランについて相談できるか
- 冷水・寒冷環境のリスクはどう評価するか
- 服用中の薬が運動に与える影響はあるか
この記事で伝えたかったこと
心筋梗塞になっても、サーフィンを諦める必要はないかもしれません。でも「今の状態で今すぐ海に入ること」は、リスクが高いとされています。
大切なのは、心臓の回復を数値で確認しながら、段階を経て、少しずつ負荷を上げていくことです。寒冷環境などの特有リスクを医師と相談しながら、定期的なフォローを続けながら戻ること——それが、安全な復帰への道だと思っています。
「以前と同じ強度で」ではなく「自分の体と相談しながら」楽しむ——その姿勢が、長くサーフィンを続けることにつながると思っています。
彼がまた波の上で笑っている日が来るのを、楽しみにしています。
【参考・情報源】
・日本循環器学会「急性冠症候群ガイドライン」https://www.j-circ.or.jp/
・ESC Guidelines on Sports Cardiology(欧州心臓病学会)
・国立循環器病研究センター https://www.ncvc.go.jp/
※ 各サイトの情報は更新されることがあります。最新情報は各機関のウェブサイトをご確認ください。
【免責事項】
※ この記事は、一般的な健康情報の提供を目的としており、特定の診断・治療・運動復帰の指示を行うものではありません。
※ スポーツ復帰の時期・方法は、個人の心機能・体力・リスク評価によって大きく異なります。記事内の内容はあくまで一般的な考え方の目安であり、実際の判断は必ず担当医が行います。
※ 心臓の病気がある方のスポーツ復帰については、必ず担当の医師にご相談ください。自己判断での運動再開は、重大なリスクを伴う可能性があります。
※ この記事の執筆者は看護師国家資格保有者(看護師歴20年以上/外科・内科・集中治療・訪問看護)であり、ファイナンシャルプランナー資格を保有。また、元ライフセーバーとしての救護経験も有しています。医療・生活・海の安全にわたる幅広い知識をもとに執筆していますが、本記事は医師の監修を受けたものではありません。医療的な判断については、必ず担当の医師・医療機関にご相談ください。
※ 記事内の情報は執筆時点のものです。医療情報は更新されることがありますので、最新の情報は各公的機関・医療機関のウェブサイトをご確認ください。

