🌸 この話は前回の続きです。
第1話〜第8話はこちらからどうぞ。彼の心筋梗塞発症から、回復の記録を綴っています。
4月27日「サーフィンしてもいいって」。 彼から届いたLINEの一言は、私たちが4か月間、必死に手を伸ばし続けてきたゴールでした。
入院中の寝袋生活も、徹底した食事管理も、すべてはこの日のため。 けれど、彼が4か月ぶりに海へ戻った今日、私はそこにいませんでした。
専門家として最善を尽くしてきたからこそ突き当たった、彼との「温度差」。 ただ「良かった」という言葉だけでは収まりきらない、私の正直な胸の内を綴ります。
4月23日の心筋シンチグラフィ、彼は一人で向かった
心筋シンチグラフィの当日、彼は一人で病院に向かいました。
「大丈夫、一人で行く」——その一言で、今回は私も受け入れることにしました。いよいよ右冠動脈の状態に答えが出る日です。
ただ、その前日から、ちょっとしたことが起きていました。
検査前の「オロ◯ミンC」のこと(ここだけの話)
🌼 心筋シンチグラフィ前のカフェイン制限について
心筋シンチグラフィは、検査の24時間前からカフェインを含む飲食物を禁止する必要があります(コーヒー・お茶・チョコレート・一部の炭酸飲料も含まれます)。カフェインが検査薬の効果を弱めてしまうためです。少量でも、念のため検査担当者に伝えることをおすすめします。
検査の前日の昼ごろ、彼の職場の事務員さんからオロ◯ミンCを渡されて、うっかり一口飲んでしまったと彼から聞かされました。
「検査技師さんに一口でも飲んだことを言ってほしい」「いや、大丈夫でしょ」——これが、私と彼の間でのちょっとした喧嘩になりました。一口でも、24時間制限の中でのカフェイン摂取は検査の精度に関わります。私としては、検査技師さんにきちんと伝えてほしかった。でも彼は「たった一口だし、わざわざ言わなくていい」と。
結局、4月23日の検査当日は検査技師さんには伝えられませんでした。
これは、単なる小さな隠し事への怒りではありません 。看護師として23年、現場で「あと一歩の慎重さ」が生死を分ける場面を何度も見てきたからこそ、一口のカフェインが検査精度を狂わせ、彼の命に関わる判断を曇らせることを何よりも恐れたのです 。
私にとって、その一口は「彼の命を守るための境界線」でした 。
結果として、主治医からは「12時間以上経っていれば影響はない」と言われ、この件は決着しました 。数値の上では解決したのかもしれません。しかし、主治医の言葉に安堵した一方で、私たちの間にある「埋められない温度差」が浮き彫りになったような、そんなやるせなさが残りました 。
4月27日——届いたのは、シンチ結果画像3枚と「サーフィンしてもいいって。」
4月27日、心筋シンチグラフィの結果を聞く外来の日。
彼は今回も一人で行きました。私は付き添いを断られ、LINE通話での参加も「いい」とは言ってもらえませんでした。
受診が終わって、しばらくしてLINEが届きました。
心筋シンチグラフィの検査結果画像が3枚。そして、「サーフィンしてもいいって。」
それだけでした。
どんな説明があったのか、先生はどんな言葉で伝えたのか、数字は何を示していたのか——何も分からないまま、「してもいいって」という一言だけが手元にありました。
それが、4か月の全部でした。
嬉しかった。でも、「先生がサーフィンをしていいと言う瞬間」を、隣で聞きたかった。
それだけのことを、してきたつもりでした。
検査結果が示していたこと
後から3枚の画像を改めて確認したところ、検査結果の概要が分かりました。
🌼 検査結果の概要
良いニュース:左室駆出率(EF)は安静時72%で正常範囲内。心臓のポンプ機能は保たれており、負荷中も心電図の変化や胸痛は出ませんでした。
引き続き注意が必要な点:心臓の下側(右冠動脈が担当している領域)に、負荷をかけたときの血流が少し減っている所見がありました。ただし、右冠動脈の狭窄によるものか、画像の誤差(アーチファクト)によるものかは、この検査だけでは断言できないとされていました。
全体方針:「ポンプ機能は正常。一部に血流低下の可能性があるが、さらなる検査で評価を続ける」
「サーフィンをしてもいい」には、続きがある
先生から「サーフィンをしていい」と言っていただけたこと——それは本当に嬉しいことです。
ただ、それは無条件の「どうぞ」ではありませんでした。
🌼 以前からの先生の条件
- 時期:暖かくなってから
- 同伴:必ず誰かと一緒に
- 場所:AEDが近くにある環境が望ましい
- 競技サーフィン:1年間は控える
「サーフィンしてもいいって。」の一言の裏に、これだけの条件がある。それを彼がどこまで意識しているか——と思いながら、それ以上は口を出さないことにしました。
半年後のカテーテル検査へ
4月27日の外来で、半年後に心臓カテーテル検査が予定されることになりました。
右冠動脈の狭窄について、心筋シンチの結果も踏まえてより詳しく評価していくためのものです。「悪化した」ということではなく、より精密に状態を確認しながら、必要であれば治療につなげていくという方針です。
なぜ半年後という判断になったのか、その時どんな治療が行われるのか——詳細は、私には分かりません。説明に同席できなかったので。
4月29日、彼は一人で海に入った
そして今日、4月29日。彼は一人でサーフィンに行きました。
4か月間一生懸命だったのは、彼に頼まれたからではありません。私が自分で選んだことです。だから、同じ気持ちを彼に求めるのは、違うのかもしれない。それも分かっています。この時、私は体調を崩していました。
ただ、「海に入れる姿を見届けたかった」という気持ちだけは、正直に書いておきます。医師からサーフィンの許可が降りた瞬間も、4か月ぶりの海も、私はそこにいませんでした。それだけのことです。
医療者として感じた、温度の差
今回のことを通して、改めて感じたことがあります。
医療者と、そうでない人の「温度の差」のことです。
23年間看護師として現場にいると、情報の一つひとつに文脈とその重みが見えます。シンチの所見が何を意味するか、カフェイン制限を守ることの理由、「必ず誰かと一緒に」という条件の意味——それらが、ただの注意事項ではなく、命に関わる判断基準として見えてしまう。
でも、彼にとって大事なのは「サーフィンしていいかどうか」でした。それはそれで、正しいことだと思います。
私がこの4か月間、一生懸命だったことは本当です。でも、その一生懸命さを、相手も同じ温度で受け取ってくれるとは限らない。それが、今回よく分かりました。
これを機に、少し立ち位置を変えようと思っています。看護師としての自分を少し横に置いて、彼自身の人生の選択(リスクも含めて)を彼に返そうと思います。彼が話してくれたことだけを受け取る。それだけでいい、という方向に。
サーフィンができる体に戻れた彼のことは、心から嬉しいと思っています。
——4か月間、一生懸命でした。それだけは、本当のことです。
【参考・情報源】
・国立循環器病研究センター https://www.ncvc.go.jp/
・日本循環器学会「急性冠症候群ガイドライン」https://www.j-circ.or.jp/
【免責事項】
※ この記事は、個人の体験および実際の診療内容をもとにした記録です。特定の診断・治療の指示を行うものではありません。
※ 記事内の数値・検査結果・医師の言葉はすべて個人のケースに基づくものであり、同じ状況でも対応や結果が異なる場合があります。
※ 検査前の飲食制限については、必ず担当医・検査担当者の指示に従ってください。
※ この記事の執筆者は看護師国家資格保有者(看護師歴20年以上/外科・内科・集中治療・訪問看護)であり、ファイナンシャルプランナー資格を保有。また、元ライフセーバーとしての救護経験も有しています。医療・生活・海の安全にわたる幅広い知識をもとに執筆していますが、本記事は医師の監修を受けたものではありません。医療的な判断については、必ず担当の医師・医療機関にご相談ください。
※ 記事内の情報は執筆時点のものです。医療情報は更新されることがありますので、最新の情報は各公的機関・医療機関のウェブサイトをご確認ください。
